日本ワインの歴史

1875年の国産ワイン発祥から、川上善兵衛によるMBA育成、GI制度の確立まで。150年に及ぶ日本ワインの歩みを年表で辿ります。

日本ワイン年表

明治・大正時代
1875年(明治8年)
山梨県葡萄酒醸造会社設立 — 国産ワイン発祥
山梨県甲府に山梨県葡萄酒醸造会社が設立され、国産ワインの醸造が本格的に始まりました。明治政府の殖産興業政策の一環として、欧州のワイン文化が日本に持ち込まれた画期的な出来事です。
1877年(明治10年)
大日本山梨葡萄酒会社設立 — シャトー・メルシャンの前身
詫間憲久・土屋龍憲らにより大日本山梨葡萄酒会社が設立されました。この会社がのちのメルシャン株式会社(現シャトー・メルシャン)の起源となっています。
1877年(明治10年)
宮崎光太郎・高野正誠、フランスへ派遣
大日本山梨葡萄酒会社は宮崎光太郎と高野正誠をフランスに派遣し、ワイン醸造技術を学ばせました。2人が帰国後に持ち帰った技術が日本のワイン醸造の基礎を築きました。
1890年代〜
甲州ぶどうの栽培拡大と産業化
山梨県勝沼・甲州地区を中心に甲州ぶどうの栽培が拡大。ワイン用だけでなく生食用・乾燥用でも重要な産業となり、山梨県はぶどうの産地として発展しました。
昭和時代
1927年(昭和2年)
川上善兵衛、マスカット・ベーリーAを育成
新潟県岩の原葡萄園の創設者・川上善兵衛が、ベーリーとマスカット・ハンブルグを交配させてマスカット・ベーリーA(MBA)の育成に成功しました。川上は生涯で100種以上の品種を育種した「日本ぶどう育種の父」として知られています。
1960〜70年代
国産ワインの大衆化と消費拡大
高度経済成長期に国産ワインが大衆化し、大手メーカーによる量産ワインが普及しました。この時代は外国産の濃縮果汁を使った「国内製造ワイン」が多くを占めていました。
1980年代〜
小規模ワイナリー(地ワイン)の勃興
長野県・北海道などで小規模ワイナリーが設立され始め、国産ぶどうにこだわった品質重視のワイン造りが始まりました。「地ワイン」ブームの始まりです。
平成・令和時代
2010年
甲州、OIV国際品種に登録
甲州がOIV(国際ぶどう・ワイン機構)の国際品種リストに登録されました。アジア固有のぶどう品種としては初の快挙であり、甲州ワインが世界的に注目されるきっかけとなりました。
2013年
GI山梨認定 — 日本初のワインGI
国税庁が山梨県をワインの地理的表示(GI)産地として認定。日本初のワインGIが誕生しました。同年、マスカット・ベーリーAもOIV国際品種に登録されました。
2018年
酒税法改正 — 「日本ワイン」の定義が明確化
酒税法の表示基準改正により、「日本ワイン」という表示は国産ぶどう100%を使用して日本国内で醸造したものだけに限られるようになりました。外国産濃縮果汁使用品は「国内製造ワイン」と表示が義務付けられ、産地の透明性が向上しました。同年、GI北海道も認定されました。
2019年〜2021年
GI産地が相次いで認定
GI山形(2019年)、GI長野(2020年)、GI大阪・GI岩手・GI萩(いずれも2021年)と、各地のGI認定が続きました。地域ごとの個性と品質が国際的に発信されるようになっています。
2020年代〜
国際的評価の高まりと新産地の開拓
北海道余市のピノ・ノワールや長野のメルロー・シャルドネが国際コンクールで受賞を重ね、日本ワインの国際的な評価が高まっています。醸造家・農家の世代交代も進み、自然派ワインや新品種の取り組みも増えています。